いわゆる『アート』というジャンルの枠を超えて、またそれ以外のところで活動する魅力的な人たちとの出会いによって、自明の『アート』が一度崩れたあと、「野点」が出てきたという感じですかね? アートスケープでの活動では「アートと社会/表現と社会」という言葉が「論議すべきテーマ」としてテーブルの上に常に乗っている状態でした。そこで話したこと考えたことは野点を背後で支えているものになっているし、それは今も僕の机の上にはとっても大きなものとして乗っています。ただ、そこで出会った人々から感じたショックや魅力、野点への影響を、その「テーマ」に集約して語ることは、今は、無理な気がするんですよ。うーん・・・どんな人達と出会ったと言えばいいのか・・・「作品制作」というよりは全身で「魅力としか表現しようのないもの」を振りまいている人であったり、「自己表現活動」というよりは「人々の中にある何かを思わず誘発してしまう魅力的な風景」をいつのまにか作っている人であったり、「メッセージを伝える活動」というよりはその人を見ているうちに自分の快・不快の感覚自体がいつのまにかねじれてしまっているような人であったり、・・・・・僕にとって(大学院生の頃)当時、身の回りで行われていたどんな「展覧会」よりも、「アート」と呼ばれるものよりも、単純にかっこよかった。ええ仕事に見えたんです。 あ、今まとまりました(笑)。 自分の「しっくりこない感」を支えるための「論理」を求めていたはずなのに、最終的にしっくりきたのは「あの人達かっこいい」とか「ええ仕事しとんなぁ」というとってもミーハー(?)かつ漠然とした感覚だった。で、なぜ「かっこいい」のか、なぜ「ええ」のかは相変わらず言語化できず・・・です(笑)。